「そこらへんで、技術史をやり直す:制作プロセスの観察と考察」
吉勝制作所(山形)と台所草木染め結工房/YUIKOUBOU(宮城)による、海や山、産業から採集した素材で「色」をつくり、現代社会に実装するプロジェクト「Foraged Colors」から依頼を受け、制作の一部に帯同し、そのプロセスについての論考「そこらへんで、技術史をやり直す:制作プロセスの観察と考察」を執筆しました。
Foraged Colors(以下、FCと呼ぶ)は、そうした色についての観念をガラリと変えてしまうプロジェクトだ。そこらへんのものを何でも採集(Foraged)して、限りなく小さな粒子にしてインクを作る。さらにそれを工業用の基準を満たしたインクにする。色のDIYとも呼べる手作りのクラフトインクから、様々な器具・機械の中やその間を円滑に回り、流通する工業用インクへと、大股でまたぐプロジェクトである。
紙に印刷されたインクは、なんらかの文字や絵、グラフィックを媒介するものであるから、通常は背景に退くべきものである。従って、インクに着目することは、そうした不可視の裏側を引き出して見ることになる。FCにおけるインクは、元々自然物であったものが加工を重ねて、さまざまな形へと姿を変えながら、最終的にインクとなり紙の上に定着するものであるから、そこには、文字や絵、グラフィックからはすぐには読み取れない分厚いプロセスがある。つまり、木とか石とか貝殻といったものが、実際にインクとしての役割を果たすまでに多様に姿形を変える。そうしてインクが引き連れてくる世界の広がりに驚かされる。
FCの制作は、このように通常デザインで扱われる色の表面からは想像できないほど広い領域に手を伸ばしている。その制作の着眼は、色がいかに可能になるか?という、構造や仕組みの方へと向いている。本論考では、このようなFCの分厚い射程を下敷きにしながら、そこで取り扱われる物(採集物)がどのように形を変えインクという異なる物へと結晶していくか、そのプロセスについて検討したい。
帰路、集める量の基準を聞くと、「持てるだけ」という返答。持ち帰ったクルミは、大鍋に入れて3回煮出して、100L分の染料が取れる。それに耐えうるだけの、つまり鍋に収まる最大量、ということだ。3回煮出すのは、それがクルミの色素の限界量ということでもあるし、1日の作業時間的にも限界の回数でもある。大体カゴ+リュックくらい取れれば、大鍋一杯にはなるだろう、という計算だった。
この機械の隣にはコンピューターが置かれていて、計測の最中、リアルタイムで検出される粘度をグラフの形で表示してくれる。グラフ横軸は時間の推移だが、縦軸には粘度を表す単位の基準となる1,10,100,1000,10000....が割り振られていて、大学受験の数学などで扱うスケールとは異質なグラフである。理想的なグラフは、最初は硬く、回転するにつれ柔らかくなっていくようなグラフの波形だから、後半に大きく下がる波形が望ましいことになる。
制作所での制作は、まず「測りとる」ということが中心にある。例えば、上で描写したように、山から「持てるだけ」「カゴに入るだけ」採集するとき、カゴに収まるよう長短揃えていく。そうした最初の作業から、顔料化、そして最後のインク制作まで、手・カゴ・鍋・ビーカー・スープジャーといった、バラバラな単位のもので測りとっていく作業が制作所での作業の根幹にある。本質的にバラバラであるものが、色々な単位で測り、切り分けられて、制作の工程を移動していく。
つまり、制作の過程で、顔料及びインクがどのような形を取りうるかということを丁寧に引き出し、その形(イメージ)を増やしていくことが歓迎されている。そして、その可視化の手がかりこそが単位であり、何かを測るということは、何かを比較するというよりも、何かを可視化するためのフレームとして働いているように思われる。電子顕微鏡やハンディスコープによって可視化の単位を極端にずらすことで、私たちがみる通常のインクとは全く異なる姿が浮かび上がる。インクの計測結果として出てくるグラフも、1,10,100,1000,,,という馴染ない単位があるからこそ、インクを表す一つの形(波形)となるのである。その形一つ一つが、工業用インクという馴染みのない物体が持つ姿であり、FCが制作するのはそのイメージ全体である。
このように考えると、図鑑は、ある個体でその種類全体を代表する、ということを行っているが、しかし決して版と印刷物のような主従関係ではなく、むしろ図鑑は、版であると同時に、同じものは絶対に存在しない、という意味で偽・虚構でもある。そして、そのような中でInstagramなどもみながら多数のきのこを確認することで、きのこの幅の広さ、多様さに驚きながら、目の前のよくわからないきのこに名前があることに安心し、ありがたいと感じることになる。